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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)188号 判決

東京都千代田区丸の内二丁目2番3号

原告

三菱電機株式会社

代表者代表取締役

北岡隆

訴訟代理人弁理士

上田守

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

指定代理人

吉水純子

今野朗

関口博

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成4年審判第21040号事件について、平成6年6月21日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和58年6月21日、名称を「電子ビーム露光方法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をしたが、平成4年10月13日、拒絶査定を受けたので、同年11月12日、これに対し不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成4年審判第21040号事件として審理したうえ、平成6年6月21日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年7月13日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

基板上に電子ビームをラスタ走査して複数個の微細パターンを露光する方法において、上記ラスタ走査は微細パターンの幅より小さな所定の走査幅を有し、上記微細パターンの周囲に備えられ上記ラスタ走査幅の継ぎ目部分に設けられたモニターパターンを有し、上記微細パターン及びモニターパターンを連続的にラスタ走査するとき、上記モニターパターンから得られた情報から上記微細パターンの露光精度を検査することを特徴とする電子ビーム露光方法。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、特開昭57-148347号公報(以下「引用例」という。)記載の発明(以下「引用例発明」という。)及び周知事項から当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法29条2項の規定により特許を受けることはできないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨の認定は認める。引用例の記載事項の認定は、「引用例における隣合って露光される2つのフィールド間の境界領域は、本願発明における走査幅の継目部分に相当する。」(審決書3頁13~15行)及び「引用例における露光は、あるフィールドのチップパターン及び目盛線を走査した後、次のフィールドのチップパターン及び目盛線を連続して走査して行われている」(同4頁3~7行)との認定を否認し、その余は認める。その余は争う。

審決は、引用例の記載事項を誤認して、本願発明と引用例発明との相違点を看過して一致点の認定を誤り(取消事由1)、その結果、相違点1の認定及びこれについての判断を誤り(取消事由2)、相違点2についての判断を誤った(取消事由3)ものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(相違点の看過及び一致点の誤認)

(1)  電子ビーム露光方法における電子ビームの走査方式としては、全面を連続的に走査し、不必要部分はブランキングするラスタ走査方式と、所要部分だけを不連続的に走査するベクトル走査方式とがある(甲第7号証・「超LSI総合事典」568頁~569頁、759頁~760頁、833頁)。

本願発明は、「電子ビームをラスタ走査」するものであるから、全面を連続的に走査するものである。一方、引用例には、走査方式について明示の記載はないが、引用例発明は、「チツプパターンをフイールドF1、F2、F3、F4等のフイールド単位に分割し、1フイールドを露光する毎にステージを動かして隣のフイールドを露光することの繰り返しにより露光をしている」(甲第6号証1頁右下欄4~8行)ものであるから、ベクトル走査方式のものと解され、連続して走査するものではない。

したがって、審決の上記「引用例における露光は、・・・連続して走査して行われている」との認定は誤りである。

そして、引用例には、チップ1をフィールドF1、F2、F3、F4の四つのフィールド単位に分割したものが示されており(第1図)、フィールドF1とF2の間及びフィールドF3とF4の間に境界領域が存在している。これに対して、本願発明は、ラスタ走査方式であり全面を連続的に走査するので、引用例発明におけるようなフィールド間の境界領域は存在しない。

したがって、審決の上記「引用例における隣合って露光される2つのフィールド間の境界領域は、本願発明における走査幅の継目部分に相当する。」との認定は誤りである。

(2)  審決は、本願発明と引用例発明とは、「基板上に電子ビームを走査して複数個の微細パターンを露光する方法において、上記走査は微細パターンの幅より小さな所定の走査幅を有し、上記走査幅の継ぎ目部分に設けられたモニターパターンを有し、上記微細パターン及びモニターパターンを連続的に走査するとき、上記モニターパターンから得られた情報から上記微細パターンの露光精度を検査する電子ビーム露光方法」である点で一致すると認定した(審決書4頁12~20行)が、誤りである。

引用例発明の「チップ」、「チップパターン」が、本願発明の「基板」、「微細パターン」に相当することは認める。

しかし、引用例発明の「目盛線」は、本願発明の「モニターパターン」に相当せず、引用例発明には、本願発明のモニターパターンは存在しない。

上記のとおり、引用例発明は、所要部分だけを不連続的に走査するベクトル走査方式であるから、「上記微細パターン及びモニターパターンを連続的に走査する」ものではない。

引用例発明においては、例えば、フィールドF1とF2との境界には、引用例の図面(甲第6号証第2、第3図)に示されているような目盛線が設けられているのであるから、フィールドF1とF2との両領域にまたがって存在する微細パターンの露光は不可能である。

また、引用例には、微細パターンと目盛線との関係について明示の記載はなく、単にフィールドF1、F2、F3、F4等の接続精度の測定方法を開示しているだけであるから、引用例発明は、本願発明のように微細パターンの露光精度の検査を目的としたものではなく、電子ビーム露光装置の精度測定の方法にすぎないと解される。

したがって、引用例記載の発明は、「上記モニターパターンから得られた情報から上記微細パターンの露光精度を検査することを特徴とする電子ビーム露光方法」ということはできない。

本願発明と引用例記載の発明とは上記の点で相違するのであるから、この相違点を看過した審決の一致点の認定は誤りである。

2  取消事由2(相違点1の誤認及び判断の誤り)

審決は、本願発明と引用例発明との相違点1として、「前者では電子ビームの走査がラスタ走査であるのに対して、後者では走査方法が限定されていない点」(審決書5頁2~4行)を挙げ、これにつき、「電子ビームの走査方法としてラスタ走査は周知のものであり、しかも、走査方法が如何なるものであっても、走査領域の継ぎ目の接続精度を高める必要性のあることは明らかであるから、前記引用例に記載された、隣接して露光されるフィールド間の継ぎ目部分の目盛線を検査して接続精度を高めるという技術思想を、前記周知のラスタ走査による電子ビーム露光方法に適用する程度のことは、当業者が格別の困難性なく想到し得るものと認められる」(同5頁11~20行)と判断したが、誤りである。

前記のとおり、引用例発明は、所要部分だけを不連続的に走査するベクトル走査方式であり、引用例には、微細パターンと目盛線との関係について明示の記載はなく、単にフィールドF1、F2、F3、F4等の接続精度の測定方法を開示しているにすぎない。

すなわち、引用例発明は、本願発明のように微細パターンの露光精度の検査を目的としたものではなく、電子ビーム露光装置の精度測定の方法にすぎないのであるから、引用例発明の技術思想を本願発明のラスタ走査による電子ビーム露光方法に適用することを容易であるということはできない。

3  取消事由3(相違点2についての判断の誤り)

審決は、本願発明と引用例発明との相違点2として、「前者ではモニターパターンが微細パターンの周囲に備えられているのに対して、後者では目盛線とチップパターンの位置関係が明示されていない点」(審決書5頁5~8行)を挙げ、これにつき、「モニターパターンが微細パターンと重なって形成されると、微細パターン形成領域に微細パターン以外の余計なパターンが露光されてしまい、好ましくなく、モニターパターンを微細パターンと重ならないように微細パターンの周囲に設けなければならないことは当然の技術的要請である」(同6頁2~7行)と判断しているが、誤りである。

引用例発明は、微細パターンが存在するはずのフィールドF1、F2等の境界に沿って目盛線を設けるものであるから、「モニターパターンを微細パターンと重ならないように微細パターンの周囲に設けなければならないことは当然の技術的要請である」とはいえない。

本願発明は、「光方法によるフオトマスク作成方法とは異なり、毎回電子ビームデータに従い作成するので、パターンの保障が問題となる。このように所定のスキヤン幅Wで走査し、順次Y軸方向に進めていつているので、パターンの継ぎ部の検査は毎回不可欠であり、全ストライプ(4)についてそれが保障されなければならない。」(甲第2号証明細書3頁8~14行)こと、「上記従来方法では、スキヤン幅Wを正確に測る方法がなく、測定が不可能であり、ストライプ(4)の継ぎ部分の測定、スキヤン幅Wの測定及び電子ビームの異常状態について、フオトマスク(1)の全チップ部(2)について行うことができず、精度のよいフオトマスクを作成することができなかつた。」(同3頁15~20行)ことに鑑みて、これらの従来の方法の欠点をなくするためになされたものであり、本願発明の要旨に記載された構成を採用することにより、「電子ビーム露光装置により作成されたフオトマスクの精度が正確に定量的に把握され、高精度なフオトマスクの作成が容易になる。特に、電子ビーム露光装置で問題となるスキヤン幅、ストライプの継ぎ部の精度が、フオトマスクの全体にわたる各チツプ部内に配置されたモニタパターンをチエツクすることにより正確に把握でき、マスク及び露光装置の精度が確認される。」(同7頁19行~8頁6行)という顕著な効果を奏するものであるから、本願発明のように構成することが、当然の技術的要請であるとか、当然の技術的事項を単に明示した程度のことということはできない。

第4  被告の反論の要点

審決の認定及び判断は正当であって、原告主張の審決取消事由は、いずれも理由がない。

1  取消事由1について

(1)  電子ビーム露光方法における電子ビームの走査方式として、原告主張のとおりのラスタ走査方式とベクトル走査方式とがあることは、認める。

この両方式は本願出願前周知の技術であり、引用例には、引用例発明の電子ビームの走査方式を特定する記載はないから、引用例発明がベクトル走査方式に限定されるということはできない。

本願発明における「微細パターン及びモニターパターンを連続的にラスタ走査する」ということを、被露光物上での電子ビームの動きで考えてみると、パターンが存在しない箇所では、電子ビームはブランキングされて照射されないのであるから、「連続走査」とは、一回の走査(ラスタ走査幅により規定される露光範囲内の走査)で、微細パターン及びモニターパターンに電子ビームを照射することを意味する。引用例発明においても、一度の露光、すなわち、一回の走査でフィールド内のチップパターンと目盛線を順次照射していることは明らかであるから、引用例発明においても、本願発明でいう「連続走査」が行なわれているということができる。

また、引用例発明におけるフィールドとは、一度に露光できる範囲、すなわち、ビームを走査して露光できる幅により規定される範囲であり、その幅は走査幅ということができるから、引用例発明における「フィールド間の境界領域」が本願発明の「走査幅の継ぎ目」に相当することは明らかである。

(2)  引用例発明の「フィールド間の境界領域」が、本願発明の「走査幅の継ぎ目」に該当することは前記のとおりであり、引用例発明の目盛線は、「目盛線を読み取つて・・・フィールド間接続精度を簡単に測定する」(甲第6号証2頁右下欄9~12行)ためのものであるから、それはモニターパターンそのものである。したがって、引用例発明において、走査幅の継ぎ目部分にモニターパターンが存在することは、明らかである。

引用例には、「微細パターンの露光精度を検査する」ことは明記されていない。しかしながら、引用例発明においても、隣合うフィールドにまたがってチップパターンが存在しているから、フィールド間の接続精度の測定は、露光されたパターンの接続精度、すなわち露光精度を検査するということを意味する。したがって、引用例発明も「モニターパターンから得られた情報から・・・微細パターンの露光精度を検査することを特徴とする電子ビーム露光方法」に該当する。

原告は、引用例発明において、フィールドの境界には目盛線が設けられているから、隣合うフィールドにまたがって存在する微細パターンの露光は不可能であると主張するが、引用例の図面(第2図(a)、第3図)からみても、目盛線は境界全体に設けられるものではなく、その上下部には空白が存在し、その空白部にチップパターンを配置することが可能であるから、上記主張は失当である。

以上のとおり、審決の一致点の認定に誤りはなく、相違点の看過もない。

2  取消事由2について

電子ビームの走査方式として、ラスタ走査方式、ベクトル走査方式は周知のものであり、引用例発明がベクトル走査方式に限定されるという根拠はないことは、前示のとおりである。

そして、電子ビームの走査方式がいずれの場合でも、走査幅を越えてパターンが存在するときには、隣合う走査幅の継ぎ目の接続精度を検査し、作成したチップパターンが使用に耐えることができるかどうかを確認する必要があることは明らかである。

したがって、引用例発明の隣接したフィールド間の境界(走査幅の継ぎ目)部分に設けられた目盛線(モニターパターン)を読み取ってフィールド間の接続精度を測定するという技術思想を、周知のラスタ走査方式の電子ビーム露光方法に適用することは、格別困難なことであるということはできない。

3  取消事由3について

モニターパターンが微細パターンと重なって形成されると、微細パターン形成領域に微細パターン以外の余計なパターンが露光されてしまうから、そのような事態をさけるために、モニターパターンを微細パターンと重ならないように微細パターンの周囲に設けなければならないことは当然の技術的要請であり、相違点2に係る本願発明の構成は、当然の技術的事項を単に明示した程度のものにすぎない。

原告が主張する本願明細書記載の効果は、審決が本願発明と引用例発明の一致点として認定した構成が奏している効果であり、引用例発明も当然奏する効果であるから、何ら格別のものとはいえない。

第5  証拠

本件記録中の証拠目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(相違点の看過及び一致点の誤認)について

(1)  電子ビーム露光方法における電子ビームの走査方式として、ラスタ走査方式とベクトル走査方式とがあることは、当事者間に争いがなく、この両方式が、本願出願前周知の技術であったことは、原告の明らかに争わないところである。

昭和63年3月31日発行の「超LSI総合事典」(甲第7号証)には、ラスタ走査は、「走査領域を端から順に領域全体に電子ビームを走査していくパターン描画方法.描画すべきパターンのあるところでのみ電子ビームを照射し、パターンのないところではブランキングする」(同号証833頁「ラスタ走査」の項)ものであるのに対し、ベクトル走査(ベクタ走査)は、「走査領域の内、パターンのある部分にのみ次々電子ビームを偏向していくパターン描画方法.・・・ラスタ走査のように全領域を走査する必要はなく、パターンのあるところに次々と電子ビームを偏向して照射すれば、パターンの描画に要する時間は短くなる.」(同759~760頁「ベクタ走査」の項)と記載されており、これによれば、両方式は、走査する範囲につき、全領域かパターンのある領域に限られるかの相違はあるが、走査領域の内、描画すべきパターンのあるところでは、電子ビームを順次照射して、露光によりパターンを描画することにおいて、差異はないことが明らかである。

引用例(甲第6号証)の、「電子線露光装置を用いて例えば第1図に示すようなチツプ1を露光しようとする場合、装置により一度に露光できる領域(フイールド)より、1チツプが大きい場合、チツプパターンをフイールドF1、F2、F3、F4等のフイールド単位に分割し、1フイールドを露光する毎にステージを動かして隣のフイールドを露光することの繰り返しにより露光している」(1頁右下欄1~8行)との記載は、電子ビームを走査する範囲について述べているのではなく、描画すべきパターンがあるところについて露光、すなわち、電子ビームを照射する場合のことを述べていることが明らかであるから、この場合につき、ラスタ走査とベクトル走査において、有意の差異があるとは認められない。

以上の事実によれば、引用例に電子ビーム走査方式を特定のものに限定する記載がないにもかかわらず、引用例の上記記載を根拠に、引用例発明の走査方式はベクトル走査方式と解すべきとする原告の主張は理由がなく、引用例発明においても、露光は連続して走査して行われているものといわなければならない。

そして、「引用例におけるチップパターンは各フィールド領域によって分割されているから、引用例のチップパターンのうちには、当然フィールドを越えて形成され、走査幅よりも大きいものも含まれている」(審決書3頁17行~4頁1行)、「引用例における各フィールドは一度に露光できる領域である」(同4頁2~3行)との審決の認定は、原告も認めるところであるから、引用例発明における「隣合つて露光される二露光領域の境界」(甲第6号証1頁左下欄5行)が、本願発明における「走査幅の継ぎ目部分」に相当することは、明らかである。

したがって、審決の「引用例における隣合って露光される2つのフィールド間の境界領域は、本願発明における走査幅の継目部分に相当する。」(審決書3頁13~15行)との認定に誤りはない。

(2)  本願発明の「基板」、「微細パターン」が、引用例発明の「チップ」、「チップパターン」に相当すること、引用例に、審決認定のとおり、「隣合って露光される2つのフィールドの境界に沿ってそれぞれのフィールドに2対の目盛線を露光し、各対の目盛線を観察して境界に平行な方向と垂直な方向の接続精度を測定する電子ビーム露光方法」(審決書3頁4~8行)が記載されていることは、いずれも当事者間に争いがない。

この目盛線は、引用例(甲第6号証)の「主尺目盛線3を5μmのピツチで描画する」(同号証1頁右下欄19~20行)との記載から明らかなように、露光して描画されるパターンであり、上記のとおり、隣接するフィールド間の接続精度の測定のために設けられるものであるから、「モニターパターン」であることは明らかである。

そして、この隣合って露光される2つのフィールドの境界に沿って設けられる目盛線は、引用例(甲第6号証)の記載及び図面を検討しても、これが境界領域全域にわたって設けなければならないものとする根拠は見出せない。引用例発明においても、チップパターンを描画するために露光が行われることは、前示事実から明らかであるから、目盛線がチップパターンと重なって描画されることを避けて設けることが必要であり、かつ、可能であると認められる。すなわち、引用例発明においても、電子ビームでフィールドを走査し、チップパターンと目盛線(モニターパターン)とを照射して、露光する場合があるものと認められる。

原告は、引用例発明は、本願発明のように微細パターンの露光精度の検査を目的としたものではなく、電子ビーム露光装置の精度測定の方法にすぎない旨主張する。

しかし、本願明細書(甲第2~第5号証)には、「上記一実施例の方法によれば、各チツプ部(2)内のストライプ(4)の継ぎ部分は、必ずモニタパターン(10)が配置されているため、継ぎ部分の精度はフオトマスク(1)全体にわたり精度を確認することができる。」(甲第2号証明細書5頁10~14行)と記載されており、この記載によれば、本願発明のモニターパターンが、隣接するストライプ(走査幅)の継ぎ目部分の精度を確認するために用いられており、このことによって、微細パターンの露光精度を検査していることが認められ、これが、引用例発明の前示目盛線が隣接するフィールド間の接続精度の測定のために用いられていることに対応することは、明らかである。

これらの事実と前項において誤りがないものと認めた審決認定の引用例の記載事項とによれば、審決には、原告主張の相違点の看過はなく、本願発明と引用例発明とが、「基板上に電子ビームを走査して複数個の微細パターンを露光する方法において、上記走査は微細パターンの幅より小さな所定の走査幅を有し、上記走査幅の継ぎ目部分に設けられたモニターパターンを有し、上記微細パターン及びモニターパターンを連続的に走査するとき、上記モニターパターンから得られた情報から上記微細パターンの露光精度を検査する電子ビーム露光方法」である点で一致する(審決書4頁12~20行)とした審決の認定は正当である。

2  取消事由2(相違点1の誤認及び判断の誤り)について

前示のとおり、引用例発明において、走査方式はベクトル走査方式に限定されているものではないから、審決の相違点1の認定に誤りはない。

本願出願前、電子ビーム露光方法において、ラスタ走査方式及びベクトル走査方式が周知であったことは、当事者間に争いがなく、いずれの走査方式であっても、チップパターン(微細パターン)が走査幅より大きい場合、走査幅の継ぎ目部分の精度を高める必要があることは明らかであるから、引用例発明の隣接するフィールド間の接続精度を高めるために目盛線(モニターパターン)を用いるという技術思想を、ラスタ走査による電子ビーム露光方法に適用して、本願発明の構成とすることは、当業者にとって容易に推考されることと認められる。

したがって、審決の相違点1についての判断に誤りはない。

3  取消事由3(相違点2についての判断の誤り)について

前示のとおり、引用例発明において、目盛線を境界領域全域にわたって設けなければならないものとする根拠はなく、モニターパターンを設ける場合にチップパターンと重ならないように設けることは、モニターパターンを設ける場合の当然の技術的要請と認められる。

したがって、モニターパターンを微細パターンの周囲に設けることは、当業者にとって容易に採用できる構成であるというほかはない。

以上の事実からすれば、原告主張の本願発明の効果も、引用例発明から予測できない格段のものと認めることはできない。

したがって、審決の相違点2についての判断に誤りはない。

4  以上によれば、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 押切瞳 裁判官 芝田俊文)

平成4年審判第21040号

審決

平成4年審判第21040号

東京都千代田区丸の内2丁目2番3号

請求人 三菱電機株式会社

東京都千代田区丸の内2丁目2番3号 三菱電機株式会社 法務・知的財産権本部

代理人弁理士 高田守

東京都千代田区丸の内2丁目2番3号 三菱電機株式会社

代理人弁理士 竹中岑生

昭和58年特許願第113055号「電子ビーム露光方法」拒絶査定に対する審判事件(昭和60年1月10日出願公開、特開昭60-4216)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

1.本願は、昭和58年6月21日の出願であって、その発明の要旨は、平成4年12月11日付け手続補正書によって補正された明細書および図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。

「基板上に電子ビームをラスタ走査して複数個の微細パターンを露光する方法において、上記ラスタ走査は微細パターンの幅より小さな所定の走査幅を有し、上記微細パターンの周囲に備えられ上記ラスタ走査幅の継ぎ目部分に設けられたモニターパターンを有し、上記微細パターン及びモニターパターンを連続的にラスタ走査するとき、上記モニターパターンから得られた情報から上記微細パターンの露光精度を検査することを特徴とする電子ビーム露光方法。」

これに対して、原査定の拒絶理由に引用した特開昭57-148347号公報(昭和57年9月13日出願公開。以下引用例という。)には、

「チップに電子ビームを露光するに際して、装置され、走査幅よりもた大きいものも含まれているものと認められる。さらに、引用例における各フィールドは一度に露光できる領域であるから、引用例における露光は、あるフィールドのチップパターン及び目盛線を走査した後、次のフィールドのチップパターン及び目盛線を連続して走査して行われているものと認められる。

そこで、本願発明と引用例に記載された発明とを比較すると、後者の「チップ」「チップパターン」「目盛線」は、前者の「基板」「微細パターン」「モニターパターン」に相当するから、本願発明と、引用例に記載された発明とは、「基板上に電子ビームを走査して複数個の微細パターンを露光する方法において、上記走査は微細パターンの幅より小さな所定の走査幅を有し、上記走査幅の継ぎ目部分に設けられたモニターパターンを有し、上記微細パターン及びモニターパターンを連続的に走査するとき、上記モニターパターンから得られた情報から上記微細パターンの露光精度を検査する電子ビーム露光方法」である点で一致し、次の2点で両者は相違している。

1.前者では電子ビームの走査がラスタ走査であるのに対して、後者では走査方法が限定されていない点

2.前者ではモニターパターンが微細パターンの周囲に備えられているのに対して、後者では目盛線とチップパターンの位置関係が明示されていない点

以下に、前記相違点について検討する。

1.について

電子ビームの走査方法としてラスタ走査は周知のものであり、しかも、走査方法が如何なるものであっても、走査領域の継ぎ目の接続精度を高める必要性のあることは明らかであるから、前記引用例に記載された、隣接して露光されるフィールド間の継ぎ目部分の目盛線を検査して接続精度を高めるという技術思想を、前記周知のラスタ走査による電子ビーム露光方法に適用する程度のことは、当業者が格別の困難性なく想到し得るものと認められる。

2.について

モニターパターンが微細パターンと重なって形成されると、微細パターン形成領域に微細パターン以外の余計なパターンが露光されてしまい、好ましくなく、モニターパターンを微細パターンと重ならないように微細パターンの周囲に設けなければならないことは当然の技術的要請であると言えるから、相違点2における本願発明の構成は、当然の技術的事項を単に明示した程度のことにすぎず、そこに格別の進歩性は認められない。

以上のとおりであるから、本願発明は引用例に記載された発明および前記の周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成6年6月21日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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